「あなたの言うように、好きなことしかやらない人ばかりになったら、
社会がごちゃごちゃで成立しなくなるんじゃないですか。
無責任なこと、言わないでください」
とお叱りを受けるかもしれない。
やりたいことしか、やってはいけない。
やりたくないことは、しなくていい。
というぼくの信条をブログに書いたりあちこちで話したりしていると、
こーゆー類の、「正しい人」がきっと現れるのである。
ついでにいうと、「正しい人」こそ、メーワクな人である。
ところが、である。
古今東西、成立しなくなった社会というのは存在しないのである。
江戸時代であれ、ローマ時代であれ、どんな形であれ、社会というものは
成立している。
そして、幸せや不幸というものは、常に存在していた。
羽根のついたものがすべて天使ではないように、
幸せは外的要因で決まるものではない。
あくまで、心の中で決まる。
つまり、外側=社会がどうあれ、幸せな人は幸せだし、
不幸な人は不幸なのである。
こうすれば、こうなる。
こうなれば、幸せになる。
というニュートン力学的な発想は、人を追い詰める。
よくわからんが、やりたいことやってたら、幸せなのだ、
これでいいのだ。
という量子力学的バカボンのパパ的あり方こそが、幸せを運んでくるのである。
これでいいのだ。
因果を捨てよう。