ある種の会計思考は、使いようによっては有益だが、へたすると経営破綻に
つながる破壊的な危険性をはらんでいる。
ブロックバスターは90年代後半、飛ぶ鳥をも落とす勢いだった。
全米に店舗を展開し、仕入れパワーの大きさからレンタル料金も地域の小さな
ビデオレンタル店では太刀打ちできないシステムを作り上げた。
ただ、唯一のネックは、「顧客がレンタルしたビデオを一日でも早く
見終わって、返却してくれないと利益が上がらない」ビジネスモデルだった。
つまり、在庫のビデオはクルクルと顧客から顧客へ回転してこそ、利益を生み出す。
ところが人間、そんなに利口ではない。借りたものの、観るひまがなかったり、
「ついうっかり」して、そのままソファに置きっぱなしだったりする。
せっかくの「新作」も、顧客のリビングで眠っている間、利益は1セントも生み出さない。
だからブロックバスターは、延滞料金を値上げする対抗策をとった。
しかし、人間、延滞料金が多少上がったくらいで賢くならない(笑)。
新興勢力のネットフリックスは、この逆をビジネスモデルにした。
顧客が店に来なくても、郵送でビデオをレンタルしてしまったらええやん。
会費制にして、月額定額料金をもらうようにしよう。
するとどうなったか。
顧客がレンタルしたビデオを観なければ観ないほど、
ネットフリックスの利益になった
のである。なぜなら、返送料を負担しなくていいからだ。
これは「人というもの」をしっかりつかんだビジネスモデルだ。
さて、問題はここからである。
ブロックバスターは、ネットフリックスをどうするか、考えた。
株主からも圧力がかかった。
ネットフリックスなんて、当時の巨人ブロックバスターにとっては、
足元をうろうろするアリ程度のものだ。
同じことをやって、ネットフリックスの息の根を止めるくらいの経営資源は
十分過ぎるくらいあった。
ところが、やらなかった。
理由は、それをやってしまうと、既存店舗の売上を自らが食ってしまうことになるからだ。
こういうことって、よくあるよね?
新しいことをやると、これまで利益を上げていたことを食ってしまう。
また、ビジネススクール的会計分析も、ネットフリックスの戦略をやることに「NO」と言った。
埋没費用や固定費、つまり、既に発生しているから何をしても新たに発生しない費用は考慮に
入れず、施策に伴う限界費用と限界収入(新たに発生する費用と収入)を考えたのだ。
答え。
「こんなちっぽけなもの(儲け)のために、
これまでのビジネスにゆさぶりかけるのは値しない」
ところが、この意思決定プロセスは、言ってみれば、「手元にあるレゴブロックを
守るためにはどうすればいいか?」を考えるのと同じである。
ある種の会計思考はこのワナに陥る。つまり、手元のレゴの「効率良い」組み合わせに
ついて「だけ」考える。ムダをなくす。
しかしながら、それではレゴブロックの数は増えない。
ネットフリックスは新興勢力だから、限界費用も限界収入もない。ゼロからの出発
だから、「やっただけ儲かる」。
時が流れた。
2011年、ネットフリックスの顧客数は2,400万人。
2010年、ブロックバスターは経営破綻した。
限界費用のワナに陥って、総資産を失ってしまったのである。
手元のレゴブロックについて考えるのは、「明日が今日の延長」の場合のみ、
有益だ。
しかるに、ビジネスサーフィンであり、第四次産業革命の現在、直線的に
時間は流れない。
前提はコロコロ変わる。
重要なことは、機会を活かす
ことだ。
費用もクソもない。
場合によっては、大きな借金をしてでも、機会をとらえる必要がある。
実は巨人こそ、財力をはじめとする経営資源に恵まれているのだから、
機会を活かしやすい。
しかるに、限界費用の発想が、これを「論理的に」阻むのである。
手元のレゴを守る者は、レゴを失う。
ご用心!
*クレイトン・M・クリステンセン『イノベーション・オブ・ライフ』
櫻井祐子訳、翔泳社 p.203-210 を参考にしました