わしらはみんなバカである

学校教育は減点主義だ。

100点が良くて、そっから何点失うか。

クラス全員、1つの答えを求めさせられる。

この、めちゃくちゃなマインドセットの

刷り込みが大人になっても消えない。

だから、いろんな障害が出る。

たとえば新商品出すときも、あっさり出さず、

減点するところはないか念入りにチェックしまくる。

そうしている間に「流れ」が変わってしまう。

サクッと出してしまえば良いものを、ごちゃごちゃ減点対象を探す。

会社の人事評価システムも、

「加点」ではなく「減点」でできているから

「何もしないほうがいい」というマインドになる。

人を評価するとき、

「できること」ではなく「できないこと」に焦点が当たる。

MBA信仰の強かった80年代90年代はひどかった。

アタマのいいやつがビジネスに成功する

という風に信じ込んでた。みんな。

多少「人としていかがなものか」という人物でも、

学歴高いからまあ、上司として何とかやるだろうと思って

会社側も出世させた。

しかしオレの体験から言って、これは大きな間違いであり、

人としてなってないやつが上司になったら最悪である。

ここを変えよう。

出発を変える。

「わしらはみんなバカなのだ」。

関西風にいうと

「わしらはみんなアホやねん」。

かしこなんてロクなもんやない。

すると、究極の加点主義になる。

仕事ができる・できないではなく

パソコンが使える → すっげー!!

スマホできる → 天才ちゃうか!?

電話で話ができる → お前、どこでそんなん覚えてん

社員が会社に出社したら

「ありがとう。もっと寝たいのに朝起きて、

ちゃんと来てくれて」

と感謝するようになる。

凸凹あるのが人間。

だから組織やチームが必要で、凸凹を互いに埋める。

「あなたの『できない』をわたしの『できる』で埋めましょう」

これですよ。

今日から社内の合言葉は

「わしらはみんなバカなのだ」

これでいいのだ。

明日、『Me2.0-ver.2』で話すための取材で朝から『AKIRA』観てる。

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